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2011年2月16日以降更新されません。

新型インフルエンザについて(私見)


新型インフルエンザが流行っています(09年11月2日現在)。日本全体がパニックになってしまっているように見えます。新聞やニュースでは今日は何人なくなったとか、患者が何人になったとか聞くと怖くなるような報道ばかりです。本当に新型インフルエンザは怖いのか。特に死亡率はどうなのか。一般の方にはそれがわかるデータは示されていません(実際は我々専門家に対しても示されていません)。これらのデータが示されていないことが混乱の一番の原因ではないでしょうか。
(追加:11月20日にデータが一部出ました。こちらを参照してください。)

そこでインターネットで拾える信頼性の高いデータを元に新型インフルエンザの死亡率を見ていきたいと思います。

初めに知っておいてほしい用語は
 死亡率=人口当たりの死者
 致死率=患者数あたりの死者
です。

まず、10月30日時点での累計の感染者数は推計で431万人であり、11月11日時点での累計死亡者数は43人となっています。このことから11月1日時点での新型インフルエンザの致死率はおおよそ10万分の1であることがわかります。感染患者数が人口の何割になるのかで死亡率は変わってきますが、国によると2割との予測のようなので、感染者が2割とすると死亡率予測10万分の0.2ということになります(あくまで推測です)。今後、高齢者の発症が増えると致死率、死亡率ともにもう少し高くなるのではないでしょうか。
(追加:致死率は11月20日に発表されたデータでは14万分の1です。)


一方、季節性インフルエンザ(これまで普通に流行っていたインフルエンザ)ではどうでしょう。こちらの感染症情報センターの発表をもとに記載されているサイトによりますと、直接死亡原因として1万分の1くらい、超過死亡でみると2000〜4000分の1くらいのようです。

季節性と異なり、新型では小児の感染が多いことから単純な比較はできませんが、亡くなっている人の割合は季節性と比べると明らかに低いようです。

次に冬の流行が終わった南半球の国々と比較してみましょう。

10月24日の朝日新聞の報道によると
「新型インフル、南半球は死亡率「低め」 豪などで分析。豪州、南アフリカ、ブラジル、ペルーなどのデータを分析。人口10万人あたりの死亡率は多くの国で1人以下と報告されていた。」
となっています。

この記事中にある南半球の死亡率についての報告ですが、実際の論文は「Pandemic H1N1 influenza lessons from the southern hemisphere, M G Baker et al. Eurosurveillance, Volume 14, Issue 42, 22 October 2009」(英文)で、こちらで見れます。
多くの国で死亡率は10万分の0.2〜1.4です。

致死率に関してはニュージーランドからの報告(英文)があります。
「Pandemic influenza A(H1N1)v in New Zealand: theexperience from April to August 2009,M G Baker et al. Eurosurveillance,Volume 14, Issue 34, 27 August 2009」
ニュージーランドにおける致死率は10万分の5という推測のようです。南半球では新型よりも割合は少ないものの季節性インフルエンザも同時に流行していたようです。季節性インフルエンザの高齢者における致死率は新型インフルエンザよりもはるかに高いため、新型インフルエンザだけが流行している状態と比べると高齢者の死亡が増える分だけ全体の致死率が高くなります。また流行の年代分布もことなるところがあるようなので単純には比較できません。ただ、新型インフルエンザの致死率は65歳以下に関しては季節性インフルエンザの致死率の範囲内とのことであり、興味深いデータです。


南半球の国々は抗インフルエンザ薬(タミフルやリレンザ)を基礎疾患のある方や妊婦、幼少時などのハイリスク群に限って使用している国です。北半球の日本以外の国も同じ治療方針です。日本だけが世界的な例外でインフルエンザのほぼ全例に抗インフルエンザ薬が使われています。日本と他の国と死亡率には特別大きく差がなさそうなことから、抗インフルエンザ薬の治療が特別効果が高いとは言えません。

しかし、新型インフルエンザが従来の季節性インフルエンザよりも気管支や肺などの呼吸器の症状が悪化しやすかったり、脳症の発症年齢が高かったりとこれまでとことなった部分があることも事実です。

早期の抗インフルエンザ薬の治療でどの程度、こういった重症化を抑えられるのでしょうか。

インフルエンザ脳症は抗インフルエンザ薬では予防できないことは小児科医の間では常識的なことです。また重症の呼吸器症状を呈される方は大半が受診時までもしくは受診後時間が経たないうちに悪化されているケースが多いため、これらは抗インフルエンザ薬では予防できないものと思われます。

ただし脳症も重症インフルエンザ肺炎も治療には抗インフルエンザ薬を使用します。これはどれだけ効果があるか分からなくても病気自体の予後が悪いので藁にでもすがる思いで使用するのです。特に肺炎ではインフルエンザ自体が悪さをするものと免疫の過剰反応が起こってしまうために発症するものと大別されますが、前者にはある程度効果があると思われますから、ここに期待して使用します。

抗インフルエンザ薬を早く飲めば重症化が防げるという証拠は今のところありませんし、最近は抗インフルエンザ薬を使っていても重症化されている例ばかりです。重症化するかしないかということに限ると抗インフルエンザ薬とは明らかな関係はなく、残念ながらそれは運任せと言えます。そういった意味では(悟りのようで申し訳ない表現ですが)発熱だけの場合はパニックになって救急受診する必要はないと言えます。呼吸状態が悪いときやけいれんしたとき、意識状態が悪い時など救急受診するべき症状がないかに注意しながら、外来の時間を待ちましょう。

重症化を予防するためには感染後の早期治療よりも、ワクチンの方が効果は高いでしょう。ワクチンが希望者全員に打てるのはまだまだ先ですが、ワクチンを打ってばかからなくなるというわけではないため、手洗い、うがいなどの一般的な予防が一番重要です。喘息を持っておられる方では喘息の状態をできるだけ抑えておくことも大切でしょう。


今回の新型インフルエンザパニックの別の原因は日本感染症学会があまり科学的な根拠もなく「新型インフルエンザ患者の全例に抗インフルエンザ薬を投与すべし」という世界とは異なる治療方針を出してしまったことだと思われます。この治療方針には強制力はありませんが、これを受け、早期治療こそ重要との面が独り歩きしてしまいました。世界的に早期治療が勧められているのはハイリスクの人たちや重篤な症状の人たちに対してのみですが、日本ではすべての人に早期治療が必要という雰囲気となってしまいました。この治療方針は必然性が乏しいだけでなく、パニックをあおり、救急受診患者を増やし、医療現場を混乱に落としいれ、本当に治療の必要な重症の方の診療に悪影響を及ぼしている可能性すらあるため見直される必要があると思われます。

感染症学会はもっと専門医師集団らしく、「ハイリスク群と重篤症例には投与」、「重篤症例の評価ポイントは・・」とかいった感じの世界的にも胸をはれる診療ガイドラインを作るべきでだと思います。


まとめ:新型インフルエンザも熱だけで呼吸困難や神経症状がなければあわてない。呼吸困難や神経症状があれば救急受診を。
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